続きます。
------------------- ------------------- ------------------ 11月29日,30日早朝 足音が聞こえる…
父親が自分の部屋に去り、私はまた、ももに手紙を書き始めた…。
ほんの便箋3枚ぐらい書くつもりが、すでに5枚ほどになっていた。ももに書く手紙だからという事で、薄い桃色の便箋と封筒を選んで書いたのだ。
儚くなったももに使うものとしてはいいかなと思ったのだ。
そういえば、この夜は少々奇妙なことが起きていたなと思う。ほんのささいなことだ。
別になにがあったというほどののものではないのかもしれない…。
けれども少々奇妙だった…。
それは思うのだ…。
しばらくたってから、それはまず起きた。
ひたひたひた…。ひたひたひた…。
2階から音が聞こえていた。弟は1階で寝ているし、母親は2階に物凄く豪快に寝ている。
おそらく父親が歩き回っているのだろう…。にしても、随分忙しいしいなと思った。
足音はちょっと早歩きぐらいのペースで聞こえてきたのだ。
ひたひたひたひた……。
やはり落ち着かないのだろうか…。眠れないのだろうか…。
そんなことを考える。父親の部屋の方から、しばらくの間その足音は聞こえてきた。
途中から、父親のイビキの音も聞こえてきた。まあ、寝ているのだろう…。
ひたひたひたひた……。
ぐぉ~…ぐおぉ~…ぐぉ~…。
……。ちょっとまて…。
なんで、イビキの音が聞こえるのに、足音が2階から聞こえてくるのだ???
イビキをかいたまま父親は、自分の部屋を歩き回っているのか???
いや、流石にそんなことはない。そんな器用なことをいくらなんでもしやしない。でも、父親しかいないはずの部屋のほうから足音は聞こえてきて、イビキも聞こえるのだ。
おいおいおい…。
泥棒か…?いや、それはない。いくら何でもそれはない。
もし、入ったとしたら、こんな静かになっているわけはない。何せうちの父親の部屋から聞こえてくるのだから、こんな静かなことはない。
鍵もかってあるし、そもそも家の構造上、私に気付かれることなく泥棒に入るなんて無理だと思う。
ひたひたひた……。
足音は軽快でである。そんな感じだ。うちの父親は大きいほうではない。かといって小柄でもないが、それを考えても、父親の足音とするには、軽すぎるような気がした。
ひょっとして、どこかの猫がまた、今度は父親の部屋に忍び込んだのか???
そんなことを考える。以前、うちはとあるお隣さん(現空き家)の黒猫のジジちゃんが、うちの母親の部屋に忍び込んで、大騒ぎな事になったことがあるのだ。
が、そんなことだったら、尚の事ありえない。何せうちの父親は猫好きなのだ。
何処かの猫が忍び込んだのがわかったのなら、喜んで大騒ぎしそうである。
が、父親はイビキはかいているが、大騒ぎはしていない…。
ひたひたひたひたひた……。
また、足音はする…。
が、私は疑問に思うものの、窓際にいるももの近くのテーブルで、ももへの手紙を書いていた。
とにかく私はそれを無視して手紙を書いた。
そんなことよりも、ももへの手紙の方が大事である。
ひたひたひたひた……。
やがて、足音は聞こえなくなり、イビキの音もだんだん消えていった…。
すとん、すとん、すとん…。
しばらくすると、足音がまた2階から聞こえてきた。
いや、足音というのには今回は違和感があった。
それは少々父親の部屋から離れたところで聞こえる。
もっとも姿を見ていないので、正確な位置は不明であるが。
軽いものを絨毯の上に落としたような響きが、私のいる部屋まで聞こえてきた。
もっとその音も繰り返し響くものの、別に1階に降りてくる気配もない。
「何もない…」
気になったので、私は2階まであがって、音がしたあたりを確認しに行った。
が、まるで私の動きを察知したかのように音は消えた。
まあ、しょうがないので、ついでにWCにいき、1階に戻って手紙を書き始める。
と、すこし経つと、
すとん、すとん、すとん…。
音は再び、2階から聞こえてきた。
「どうにもできないな…、ねえ、もも?」
いつものような感じでももに話してしまうが、こちらが動くと音が消えてしまう以上、どうにもできやしない…。できることは、この時点で、ももに手紙を書くだけである。
ももは、何も答えないのはわかっているが、やはり話しかけてしまう。
こんな少々奇妙なことが起きているのだから、ももが生き返るのではないかと思ってしまった。
が、ももは相変わらず生き返ることなく、静かに眠り続けた…。
いや、わかっているのだ。けれども、もう最後の夜とあって、私の頭も少々いかれている気がした。現実のすべてを受け止められない私は、少々狂うことで理性を維持していたのだ。
すとん、すとん、すとん…。
と段々音が大きくなってきた。こちらに近づいてきているようではある。
だが、階段を下りているわけだから、何かしら音はするはずなのにそんな音はしない。いやしたのか?どちらにしろ、それはわからなかった。
ただ、音だけが近寄ってくる…。
が、私の部屋の外、階段へ繋がる場所についたときにはピタッと音は消えました。
ドアが閉まっているので、そこに何がいるのかはわかりそうはなかった。
ひょっとして、ももの魂がうろついているのだろうか?
一番初めの足音は猫の足音にちかかったかもしれない…。
だが、今回のものも猫には近いかもしれないが、そのわりには重い感じの音にも聞こえた。
こちらの部屋に来たいけれど、ドアが閉まっているから、来れないのだろうか?
それとも私がいるから、来れないのか?
私が見たら大騒ぎのもととなるような、この世ならざるものがそこにいて、私を驚かしたくないから、ここに入ってこないのか?
ももの魂をかっさらいに来た、得体のしれない何かが私を恐れて、入ってこないのか?
どんどん思想はおかしくなる。でも、もしここに私がいることで、ももの守りになるのなら、ここにずっといたい気がした。まあ、少々怖いのは否めないのだが。
すとん、すとん、すとん…。
足音は家の外から聞こえてきた。どうやら、ドアが閉まっているから、こちらに来れなかったわけではないらしい。
階段を下りたすぐそばが玄関なのである。その玄関は夜中ということもあり鍵がかかってしまってある。それなのに、外に出ることはできたようなのだ。
一応鍵も確認したが、とりあえず閉まっている。
近くに弟の部屋もあるが、そこから出るのは不可能だろう。それこそまったく音をださずに、そこから外に出るのは、不可能である。
なんとなく足音の主は、人間じゃないように思えてきた。この世ならざるものなのかもしれない。そんあことを考えるが、だからといって、何ができるか?
何もできはしないのである。
別に害もあたえないなら、ほっとくしかない…。
「…。やばいな。思想が少々あぶなっかしい…」
独り言をいい、なんかお茶を飲む。少々冷えてきたし、一休みしようと思った。
足音が時々聞こえる以外は、部屋の中は静だった…。
すとん、すとん、すとん…。
とさっきの足音が、より大きくなって聞こえてきた。
どうも家の周りをまわっているようである。何ゆえに…??? 南洲まわっているのかわからないが、どうもまわっているらしい…。
で、ペースもだんだんじわじわとはやくなっていった…。
「この世ならざるものか?」
ひとりつぶやくものの、どうこうできるものではない。というか、発想がなんだかやっぱり危ないきがしてくる…。まあ、そう思いつつ、ももへの手紙を書くだけである。
手紙は、少し書くだけのつもりだったのだが、いつのまにか5枚になっていた。
書きたいことがいくらでも、出てくるのだ…。悲しいほど出てくる…。
どすんっ!
別に揺れはしなかったものの、おおきな音がした。足音にしては随分大きいが、すとん、すとん、すとんという足音にあわせるように音は出る。
どすん、どすん、どすん…。
少し、音のボリュームが減り、足音?は動いているようだ。何かいるような気がした。
一体家の外では何が起きているのだろうか?
微かに、笑い声がしている…???
ひたひたひたひた……。
最初に聞こえてきた足音も聞こえた気がする。
見えないだけに、何が何だかわからない。怖い様な気もするが、そのくせ、どうでもいいという気もしてくる。こういう場合は坊主や尼さんなら、もっと冷静に対処できるのだろうか?
別に出家も何もしていない私である。
あまり気は進まないが、お経のCDでもかければいいんだろうか???
そんなことも考えたが、私は結局のところ、ももへの手紙を書くのに集中していた。
しばらくの間か、短い間かわからないけれど、時はとにかく過ぎていき、やがて、手紙は書き終わっていた。その時には、時刻は4:30ぐらいだったかと思う。
そして、足音もすっかり消えて、何も気配も何もなかった…。
私は眠気覚ましにお茶を飲んでいたと思う…。
「…。いよいよお別れだね、ももちゃん。寂しいし、悲しいよ…」
何かの奇跡が起きて、ももちゃんが動き出すんではないかと期待したがそんなことは起きることなく、時は流れる。
ももは28日の日に眠って以来、一度も目を覚ますことなく、今日になった。
何度見ても、死んでいるようには見えないのだ。ただただ寝ているようにしか見えない。
起きたら、「今日のご飯は何?」といわんげに可愛さふりまくももは、もう、そんな姿をみせることは永遠にないのだ。
わかっている…。それが死というものだ。
永久に覚めない夢の中にいき、もう、”ここ”にはもどっては来ないのだ。
生きていたものが、ただの悲しい物体になってしまうことだ。
ここには、いままでいた魂はいないのだ…。
書いた手紙をももの為に読んだ。
ももはどんな思いで聞いているのだろう?
読んでいるうちに悲しさが更にこみあげてくる。
同時になんともいえない虚無もそこにあるのだ。
私は手紙を読んでいるのだな…。そして、今は手紙を読んでいる私も、いつかあの世にいくのだろう。まだ行くつもりはないけれど、どうにもそう思うのにもやたらに気力が失われて、イマイチだった。大切な者の死は簡単に、その対象を思う人間の心をぶち壊していく…。
そんなことを考えながら、ももの亡骸の前で手紙を読んだ。
手紙は、結局のところ便箋7枚になっていた。
こんなものでは、私の思いは書き足りなかった。が、どうにももうまとまらないので、無理矢理にまとめざるを得なかった。
ももは、どんな思いで聞いていたのだろう? ももは亡骸だし、生きている時のように浮かぶ表情、仕草、鳴き声で判断することもできやしない。
それでも聞いてくれるだろうか…?ももよ…。
手紙を読み終えて、淡いピンクの封筒につめると、便箋7枚では少々きつくなっていた。
ももよ、君への思いは、こんなものじゃないんだぞ。
溢れる思いは残酷に容赦なく、哀しみ、苦しみ、虚無を連れてくる。
あとすこしで、この愛しいももの姿を見ることができなくなるのだ。
えらく残酷で、酷い現実だと思った…。
そして、私はその現実を嘆くことしかできやしない…。
外が明るくなり始めていた…。こなくていい朝は来てしまった…。
私は黄昏るしかなかった。
--------------- ---------------- ------------------- ももとの最後の思い出ー回想記5 に続きます。
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